ぶきっちょさんの共働き入門

2021年夏より家族でアメリカ居住。異国暮らしとキャリア断絶について考える日々

【キャリア】働かなくてもいいんだよ

私が単身赴任を決意することになったときの話である。新卒で入社し、時世がよかったことが幸いして希望の会社に入社した私であったが、結婚を機にキャリアについて考えさせられた。

就職活動をしているときも、独身時代も、結婚して会社を辞めることは全く考えていなかった。いま世の中で「総合職」という呼び方を使っている会社がどれだけあるか分からないけれど、いわゆるその「総合職」で入社した以上は、結婚しようが子供がいようが四の五のいわずに転勤だってなんだってするもんでしょうよ、と大真面目に思っていたのだ。それを否というのはルール違反というものだ、と。

なぜ就職面接の際に、しつこく聞かれるのだろうと疑問に思っていたものだ。

「結婚しても仕事は続けるつもりですか?」「全国転勤がありますが大丈夫ですか?」

この平成(当時はまだ平成でした。こうして書くと年号隔てるだけでとても昔のことのよう)の時代になにを言っているのか。何度もそのつもりだと言っているのに随分信用がないものである。おそらく10回は聞かれた。内定者時代も合わせるともっとかもしれない。

 

そんな私がいまの主人と結婚したときのこと、入籍してすぐに私の転勤の話が持ち上がった。予測できる話ではあったのだ。何も問題を起こさなければ、数年地方で経験を積んだ後、本社の機能部門に異動になることはよくあることだったのだから。

 

しかし実際に我が身が転勤、主人とともに住む家族用社宅を出てひとり独身寮で単身赴任生活ですと言われると、尻込みする気持ちがよくわかった。何度も聞いてきた面接官や先輩社員の声が浮かぶ。

「結婚しても仕事は続けるつもりですか?」「全国転勤がありますが大丈夫ですか?」

 

それまでの私はその問いを「配偶者と離れて暮らすことになるが大丈夫か?」と聞かれているにすぎないと思っていた。もちろん大丈夫だ、そんなに四六時中ひっついていないと耐えられないなんてありえないでしょうよ、と簡単に考えていた。

甘かったと思う。大変申し訳ございません、と思う。

ただ、質問をしてきた人たちだって、どこまで想像力を働かせてその問いかけをしてきたのかは怪しいものだと思っている。なにせ私より前の世代に、そんな前例などあまりいなかったのだから。

 

離れて暮らす、ことそのものは簡単だ。

難しいのは、その状況が未来永劫、定年退職するまで続くかもしれないということなのだった。

 

離れて暮らすということは、必要経費が2倍になるということだ。

家賃も、光熱費も、通信費(固定ネット)も2倍かかる。加えて配偶者に会うための移動交通費は純増である。私たちの場合、毎週会うことにすると年間100万円ではとても足りなかった。宿泊費も加えると、200万円に迫っていたかもしれない。

 

離れて暮らすということは、子供を含めた将来設計を立てるのがとても困難であるということだ。子供を望んだとしても、一緒に暮らしていないとそれだけ物理的にチャンスが少なくなる。もし子供ができたとして、妊娠している間の通院や健康管理が懸案事項となる。子供が生まれたら保育園はどうするか、小学校はどうするか。子供もずっと片方の親とは週末にしか会えないのか。住宅購入だってハードルがあがるし、そもそも週末婚で現役時代を終えるつもりなのかと問われると、即答なんてできない。

家族のかたちをどう考えるのか。

結婚している意味は何なのか。

そういったこと諸々ひっくるめて「大丈夫です!」だなんて、大学生のうちに判断できるものだろうか。

 

少なくとも私はできていなかった。

そして壁にぶち当たることになる。

単身赴任はあるものとして、それでもあまたの問題を前に尻込みしていた私に、主人はぽそりと言った。

 

「働かなくてもいいんだよ」