母親になって「いたいのいたいのとんでゆけ」の威力のすさまじさにたじたじになっている。
1歳の息子はよく転ぶ。よく頭をぶつけるし、よく引き出しで手を挟む(幼児用なので挟むといってもタカがしれている)。親である私が阻止してあげられればよいのだが、24時間ぴったり目を張り付けられるわけでもなく、彼はしょっちゅう痛い目をみている。まだ大きな怪我はしたことはないのが救いである。痛い目、のレベルも少しずつ高度になってきてはいるようだから、彼の成長を見守りつつ、こちらとしては危ないものを事前になるべく排除するくらいしかできない。
とはいえ転ぶときは転ぶ。すこーんと転んで、機嫌がよいときはにやにやしているが、機嫌がわるいと火がついたように泣き出す。
ひどい目にあったと言わんばかりにこちらに走ってきて「ここが痛いのだ」とぶつけた場所を指し示す。
母親の腕の見せ所である。
私は声を低くし、お腹から振り絞るように、息子が負傷(怪我はしてないけど)した部位に手をあてて、
「い"ぃぃぃーーーたあぁぁぁぁいのい"ぃぃぃーーーたあ"ぁぁぁぁいの、
とお"おぉぉぉぉぉーーーーーーんでゆけえ"えええええーーーーーーーー!!」
と息子の痛みが消えてなくなるように、心から願いながら唱える。声だけきくとちょっと呪詛のようだ。そのくらい本気で唱える。
すると、泣いていた息子がぴたりと泣き止んで「うんうん」と納得したように頷くのである。ここで笑ってはいけない。こちらも大真面目な顔で頷き返す。うんうん、痛みは去ったな。いやあひどい目にあったな、ご苦労であった。これで一安心だな。
あまりにすんなり泣き止むので、本当に魔法が使えるようになったのかと錯覚してしまいそうだ。
しかしこの魔法の欠点は、こちらが本気で魔法をかけないと効かない点である。一度電車の中でドアに手を軽くぶつけたか何かで「ここが痛いのだ」と魔法をねだられた際に、周囲の目がある恥ずかしさに小声でちょちょっと「いたいのいたいのとんでけっ」くらいで済ませたことがある。すると息子は悲嘆にくれた顔で一層ひどく泣き出した。
もう背に腹は代えられない。
私は大まじめにいつもの調子で魔法の呪文を唱えるしかない。迷惑になるのでボリュウムは抑えたけれど、声の調子はそのままなので相当恥ずかしい。しかし恥ずかしい思いをした甲斐あって息子の痛みは去ったらしく、「うんうん」と合格の頷きをもらえた。よかったよかった。
息子の痛みと引き換えに、私は隣の男子高校生たちからの視線を痛く感じる羽目になったが、そんなものは些末なことだ。それこそいたいのいたいのとんでゆけ、である。