その日の息子はとても機嫌が悪かった。
前夜は夜泣きが激しく、何度も起きてはぎゃーっと泣き、私を布団の中で探し求めてしがみつき、頭をこすりつけてきた。そのせいで寝不足だったのもあるのだろう。朝ごはんも、息子の大好きな食パンだったというのにそっぽを向いて殆ど口をつけなかった。
ヨーグルトも口に入れたかと思えばぶーっと私の顔に吹き付け、着替えさせようとすれば全力で暴れて嫌がり、歯ブラシは床に叩きつけた。お気に入りのぬいぐるみを抱きしめて離さず、床にぐずぐずと這いつくばっていた。
分かっているのだろう、今から保育園に行かなければならないことが。
幼い息子なりに、そうやって暴れてなんとか不安な気持ちをやりすごそうとしているのだ。
しかしそこまでの猛攻にあったのは初めてだったので、かなり怯んだ。息子を保育園に連れて行くなんて「かわいそう」なのではないかと一瞬頭をよぎった。いやいや、母親が揺らげば息子はもっと不安になるはずだ。大丈夫、保育士さんたちは今日も息子を安全に見守ってくれる。砂遊びだってさせてくれる。トンネルくぐりだって。
私はぐっと歯をくいしばって、努めて明るく彼の大好きな歌(ひたすらクリスマスツリーをキレイだと褒める歌だ)を大きな声で歌いながら、電車のアップリケがついたトレーナーを着せ、車のネームプレートがついた靴を履かせた。保育園用品は、彼のすきな乗り物グッズを豊富に用意している。
少しでも、彼が味方を連れていけるように。
保育園にたどり着いた時には、息子も私も疲労困憊であった。おりこうタオルを指定の場所に置いたり、ループタオルをかけたりしている間も私の足元にまとわりつき、大声で泣き叫んでいた。
別れの時、いつも絶対にするようにぎゅうっと息子を抱きしめて「今日は五時に迎えにくるよ!」と目を合わせて約束をすると、すかさず保育士さんがやってきて、べったりと張り付く息子をひっぺがす。
保育士さんの腕の中で暴れに暴れている息子をみて、思わず「申し訳ありません・・・」と謝った私に、保育士さんが言った。
「謝らなくていいんですよ!!おかあさん頑張ってる!〇〇くんも頑張ってる!我々保育士も頑張りますから、安心して働いてきてください!!」
後光が差して見えた。
プロだからとか慣れているからとか、そんなことは関係ない。手間を増やしているのは間違いないのに、こうやって保護者に対しても優しい言葉をかけて、背中を押してくれる保育士さんは神様かと思った。心から尊敬します。
思えば子供が生まれてから、私は謝ってばかりだった。「気にしないで」と言ってくれる人はいたけれど「謝らなくていい」と言われたのは初めてだ。
そうして迎えにいくころには息子はケロッとして、母の迎えにも気が付かないままトンネルで遊び続けているのであった。
今日もありがとうございました、保護者ともども、明日もお世話になります。