息子は私の背中におぶさって、ぷすんぷすんと鼻を鳴らしながら眠っている。いつもより高い体温に不安が募るけれど、眠っている今は何もしてあげられることがない。せいぜい彼がよく眠れるように、体を揺すっていることくらいだ。そういう訳で私はこの文章を、椅子の上に正座して、体を前後にゆらゆら揺らしながら書いている。
昨日の午後から発熱して、保育園から呼び出しがあった。予定していた打ち合わせも軒並み延期となり、関係先に謝り倒しながら、漠然と「ああ、管理職なんか絶対に無理だ」と思った。
マミートラックには乗りたくない、と思っていた。子供が体調を崩しやすいことだってわかっていた。母親業と仕事の両立は、できると思っていた。理解しているつもりだった。でも「つもり」なだけだった。
実際に息子が発熱してみて、私の周囲の女性先輩方の気持ちが本当の意味で分かった。辞めて行く人、堂々とキャリアを諦める発言をする人(「私は昇進とか興味ないんで。細々と出来ることだけやれれば」)、まだまだ余力なのに仕事を明らかにセーブしている人(「子供がいると、ねえ?」)。
いまならそれが、よくわかる。
息子はよく眠っている。布団に寝かせるとすぐにぐずぐずと起きだしてしまうのに、おんぶした途端にぐっすりだ。
大丈夫、息子は熱が高いけれど、元気で水分も取れているし、顔色も悪くない。もうすぐ小児科の午後の診療時間になる。また熱があがるようなら、先生に相談してみよう。昨日は熱がそこまで高くなかったから出してもらえなかったけれど、解熱剤を処方してもらった方がいいかもしれない。大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら、小児科が開くのを今か今かと時計をにらんでいる。
けれど、そんな風に息子の病状を心配しながら、頭の片隅では、山ほど延期した打ち合わせや、TODOリストのことを考えている自分がいる。
息子が体調を崩していても、ふとした拍子に仕事のことを考えてしまうし、いつ熱が下がるんだろう、今年中にあれもこれも終わらせなければ、と考えてしまう。そして、それに気づいて息子に対して気が咎める。
一方で、仕事をしているときには、ふとした拍子に息子の体調が心配になったり、息子の夕食のことを考えたりしてしまうのだ。そして、それに気づいて職場に対して気が咎める。
どちらも中途半端。いいかあちゃんでも、いい会社員でもない。
会社で「育児はみんながしていること。特別じゃないでしょ」というようなことを言われたけれど、みんなっていったい誰の事だろう。確かに、子供がいる人は大勢いるだろう。でもその大勢には、どんなときでも子供のことを優先して、安心して任せられる存在がいたのではないのか。自分が仕事をしているときは、仕事に集中できるような、そんな心強い存在が。
たとえば妻とか、祖父母とか。
いいかあちゃんでもいい会社員でもない私は、息子と職場に疚しい思いを抱えながら、今はただただ小児科の開業時刻を待っている。