ぶきっちょさんの共働き入門

2021年夏より家族でアメリカ居住。異国暮らしとキャリア断絶について考える日々

【今週のお題】職業「家内」になりました

10年。

今から10年後というと、2歳の息子はもう12歳になっているころ。かあちゃんかあちゃんと抱っこをせがんでくる息子に「くそばばあ」と罵られている頃だろうか。残念なような、楽しみなような、不思議なきもちになる。10年前の私には、今の自分は想像できなかったから。

 

仕事を辞めて、家族でアメリカに居を移してもうすぐ3か月。私の毎日のおしごとは、家族が毎日快適に過ごせるように家の中を整えることである。

まさに「家内」。

社会復帰の目途が立っていない日々というのは、なんとも穏やかで、連綿と毎日が過ぎてゆく。まあわんぱく盛りの息子は家の中でちっともじっとしていないので、実際に家の中にいる時間というのはあまりないけれども。

10年前に新卒で入社した会社に入ってからというもの、会社という組織を通して、どのくらい社会貢献できるているのかを考え続ける日々だった。会社というひとつの居場所で成果を出すこと、役に立つことが、自分の価値を決めることだと思い込んでいた。10年だ。よちよち歩きの赤ちゃんが、思春期に差し掛かるほどの時間。この長い10年間、私の職業は「会社員」だった。私は仕事が(概ね)ずっと好きだったし、特別な趣味特技のない自分をかたち作る大切な一要素だった。仕事をしていない自分を想像すること、キャリアを断絶させることは、恐怖でしかなかった。

だから、考えに考えて、家族と過ごすことを優先して仕事を辞めた当初、自分の価値ってなんだろうと空虚なきもちでいっぱいになったのだ。3か月たった今でも、もう職業「会社員」でない自分であることに驚き、「家内」であることに戸惑う。

毎日、何をしてもしなくても、だれにも迷惑をかけない生活。家族以外の誰も、私を待っていない生活。

 

人生の夏休みのようなこの日々が始まって3か月、10年で築き上げてきた価値観はなかなか変わらないもので、ふと空いた時間に空虚な思いになる。10年後、この選択を後悔する日は絶対に来ない、とは今はまだ言い切れない。

けれどこれからの10年で「あのときの選択は正しかった」と言えるように、毎日を過ごしていきたいなと思う。職業「家内」を全うしながら。

 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと