「しかし、本当に惜しいな。どうしようもない男を採るよりは君みたいな女性を採ったほうがよっぽどマシだった。うちの部署に欲しいくらいだよ」
反射的に顔はこわばったけれど、何とか体面を保ってお礼をいうと、彼は手をひらひらさせながら「また頼む」と去っていった。
ひとり残された私は、釈然としない気分でゴミ箱を見つめていた。彼が乱暴に捨てた紙コップからこぼれたコーヒーがツーっと垂れて床を汚した。
それなりに評価してもらえていると思っていた。私は頭がばつぐんに切れるタイプではないけれど、その分泥臭く着実に、アサインされた仕事は必ずやり遂げようと努力してきた。時間はかかったけれど、求められる成果が少しずつ表れてきたところだった。新人から中堅に差し掛かり、後輩たちの面倒をみることだって増えてきた。
しかしそう思っていたのは実は私だけだったのかもしれない。
結局、これだけ熱心に仕事をし、成果をだしたとしても比較対象は「下手な男」や「どうしようもない男」でしかないのだ。
褒められたはずなのに、厳しく叱責されたときよりもずっとやるせない気持ちだった。下手をすれば職場なのに泣いてしまいそうだった。ミスをしたわけでもないのに。
頭の上に天井があるみたいだ。男の人は男性であるというだけで、その上にいけるのだろうか。
そこでぼうっと立ち尽くしていると「まったく疲れるよなあー!」と伸びをしながら上司がやってきた。彼も働きづめだったはずだが、落ち着いたのか飲み物を買いに来たらしい。
「疲れただろ、どれがいい?」と私に飲み物を選ばせた。「さっき飲んだところなので」と言ったが聞いちゃいない。勝手にココアのボタンを押し、私に握らせたあと口をつけるのを見届けてから、言いづらそうに言った。
「すまんけど、もうひとつ案件頼めるか?ちょっと俺も手が回らないし、ほかの奴らじゃかえって仕事が増えそうだし、お前にしか頼めない」
はっとした。いつもならげんなりする一言だったが、その時の私にとっては背骨をグイっと上に引っ張る言葉のように感じた。胸につっかえていたなまりのようなものが、すとんと落ちていった。仕方ない。「お前にしか頼めない」のであれば、やってやろうじゃないか。もうこんな時間だけれど。帰宅はますます遠のいて、夕飯はカップラーメンに決定だけれど。だってもうココアに口をつけてしまったから。
男であろうが女であろうが、やるべきことを全うするのみだ。随分安いものだ。数十円のココア一杯でやる気にさせられてしまうとは。残業代はきっちり請求するけれど。
ちょっぴり気分が上昇した私は、まだあついココアをぐいっと飲み干して席に戻るのだった。