ぶきっちょさんの共働き入門

2021年夏より家族でアメリカ居住。異国暮らしとキャリア断絶について考える日々

【今週のお題】どうしても「小さい秋」からはじめたくなる

秋がきたなと思うと口ずさむ歌の代表ではないでしょうか。

「ちいさいあーきーちいさいあーきーちいさいあーきーみいつけたあー」というあの歌。

 

日本に住んでいたころ、作者と所縁があるのかないのか、近くの公園にこの歌の歌詞が描かれた石碑のようなものが立っていて、家族で散歩するたびに見かけていた。通りがかったときに口ずさむのはもっぱら私と息子で、主人はハミングするでもなく黙って隣を歩く。夏だろうと冬だろうと、口ずさむ。

 

通りかかると毎回歌うのだから、歌詞はよく目にしているはずなのだが、どうにも間違えてしまう。

その石碑のそばで歌うときはよいのだ。歌詞を目にして、その場で歌うので間違えない。問題は、公園を立ち去った後。帰り道とか、電車の中とか、その日の夕ご飯を作っているときとかに、ふいに思い出して口から歌詞が飛び出すときがよろしくない。どうしてもここから始めたくなってしまうのだ。「ちいさいあーきーちいさいあーきー」と。

 

実際に、その部分が歌い出しかのように歌ってみてほしい。

本来は「だーれかさんがーだーれかさんがー」で始まるべきあのリズムで「ちいさいあーきーちいさいあーきー」と。当然、そのリズムの後ろには本来の「ちいさいあーきーちいさいあーきー」が控えているので、必然「ちいさいあき」を2回見つけなければいけなくなる。その事実をよくわかっていて、最初の「ちいさい」を口にした時点でもうすでに「しまった」と思ってはいるのだけれど、はじめたものを続けざるをえない。

 

「ちいさいあーきーちいさいあーきーちいさいあーきーみいつけたあ↗

 ちいさいあーきーちいさいあーきーちいさいあーきーみいつけたあ↘」

 

仕方なく音程で差別化をはかるのだが、主人は絶対に聞き逃してくれない。

「主語が抜けましたよ」だとか「誰かさんがみつけてくださいね」だとかいう突っ込みを即座に入れるので、わたしも即座に「うるさいな」とか「言わなくても誰かさんが見つけたって知ってるんじゃん」だとか切り返さなくてはならず、「目隠し鬼さん」まで到底たどり着けない。

 

今週のお題「秋の歌」

 

【アメリカ生活】深夜のラッピング騒動

キャラメル、斜め、蝶・・ときいて何を思い浮かべますか?

 

「お友達の誕生日会」というものに生まれて初めて招かれた。もちろん三十路も過ぎて久しい私が招かれるのは「息子のお友達」の誕生日会なのだけれど、これまで「お誕生日会」に招かれた覚えがない(大学時代、誕生日を口実に開かれる「パーリィー」には参加したことがありますが、別物ですよね)私にとって、なにをどんな風に準備してよいやらさっぱり見当がつかないイベントなのだった。

 

誘われた瞬間に「絶対に行くわ!」と即答した私は、しかしそれからプレゼント選びに奔走する日々だった。【アメリカ 誕生日会 プレゼント 相場】で何度検索をかけたことか分からない。「安すぎると見劣りするし、高すぎるのも・・・」と悩み、「大好きな車?それとも持っていなさそうなもの・・?」と悩み。

ようやく納得のいくプレゼントを選んだ私を、さらに悩ませたのはラッピング。店舗でのラッピングが一般的でないこの国では、贈り物は自分で「それっぽく」包むしかない。

 

こんなに大量の包装紙誰が買うの?という長さで売られていたずっしりと持ち重りのする赤いチェック柄(いかにもプレゼント、という感じのやつです)のものを意気揚々と買った私は、誕生日会前日に途方に暮れた。

 

そう、冒頭のキャラメル、斜め、蝶である。

どれも包み方の種類なのだが、ネットの解説をみても動画をみてもさっぱり分からない。

ん?さっきここに手があったのに、なんで紙の端がここに?

ん?紙の長さ全然足りないけど?

完成したのは丑三つ時。しかもキャラメルでも斜めでも蝶でもない我流である。「誰がつかうの?」と思った包装紙は数多の失敗を経て半分以下になっており「そうですね私が使いましたね」という状態。

 

なにはともあれ、何とかやりおおせた・・とイソイソ向かったお誕生日会。

テーブルに並んだ他の人のプレゼントをみて頭を抱えることになる。

並んでいたのはカラフルな市販の紙袋たち。ポップな字体で「HAPPY BIRTHDAY!」などと書かれた市販の紙袋に、無造作に放り込まれたおもちゃや洋服たち・・

後できいたところによると、近頃はパーティバッグという紙袋を購入して、それに贈り物を入れて渡すのが主流なのだそうだ。そうですね、ラッピングは大変だもの。合理的な国アメリカ、万歳。

 

不格好な私のプレゼントは、きれいなパーティバッグたちの中でそれはもう居心地悪そうに並んでいたのだけど、最後にはビリビリビリ!と華々しく(主役によって嬉しそうに)破かれていたので、まあよしとします。

【今週のお題】赤い長靴を買わなくちゃ

生まれてから成人するまで、ずっと比較的暖かい地方で暮らしていたので、11月の初旬に氷点下となるこの国(というか地域ですね)の気候にそれはもう驚き、はしゃいでは主人を苦笑させている。

毎朝のように「見て!車の窓が凍ってる!まだ11月なのに!」だの「霜がおりてる!まだ11月なのに!」だのと騒ぎ、きっと今日はもっと冷えるに違いないと豪語して、主人をもこもこに着ぶくれさせて送り出す。大抵、ひるまはそんなに寒くなかったよと言われるのだけれども。

氷点下という事態に不慣れな私には、「ふつうの上着」で外に行くことが自殺行為のように思えて、毎日スキーウェアのような厚みのダウンを着せるのをやめられない。大丈夫だという主人を説き伏せて。

そんな南国育ちの私の目には、周囲の紅葉の様子と、実際の気温が何ともアンバランスに映る。木々はまさに今が見ごろとばかりに色づき美しいのだが、紅葉を愛でにお散歩、とは絶対に思えない気温だ。0度って、冷凍庫ではないですか。むしろなぜあなたたちは地面に落ちずにいられるのですか?と枝先で揺れる赤いはっぱをみながら思っている。

 

そんなわけで外は見事な紅葉の「赤」で秋一色なのだけれど、スーパーマーケットの中も、見渡すともう「真っ赤」なのだ。なにがというとクリスマスグッズで。ハロウィーンがまだ終わる前の10月下旬から、お店のムードはすっかりクリスマスだ。え、まだハロウィーンも終わってないのに、もうクリスマスの話??と現地人ママさんの話題に置いてけぼりになることもしばしば。あちらもこちらも赤、赤、赤なのだった。この国では、秋と冬は同時並行で進むらしい。こりゃあクリスマスにも乗り遅れられないな、と鼻息が荒くなる。仕事をしていない私は、嬉々としてこの手のイベントごとで毎日を忙しくしている節がある。

 

そういえば、クリスマスの本場アメリカで、まだ見かけていないものがある。

紙やプラスチックでできたおもちゃみたいな長靴に、お菓子がみゅみゅっと詰まったアレである。クリスマスと言えばアレでしょう。どうやら日本独特のクリスマスグッズのようなので、暇な時間にモノを言わせて、今年は手作りしようかと思っている。

目新しいものが大好きな息子は、きっと顔を真っ赤にして喜んでくれるに違いない。

 

今週のお題「赤いもの」

【絵本紹介】あのねあのね

アメリカに持ち込んだ日本語の本や、

出会った現地本で感銘を受けたものを紹介します。

www.ehonnavi.net

 

スーツ姿で颯爽とこどもをお迎えにいくおかあさんが気に入って、衝動買いした本です。小さなこどもが毎日の出来事を両親にはなすような口調でつづられており、なにやら親近感があるためか、息子が大層気に入って毎日「読んで」とせがまれます。

この本を読み始めてから「自分に起きたことを、人に話す」という行為を覚えて、毎日絵本を真似て「ねえねえ母ちゃん、あのね」としゃべり始めました。自分のことを誰かに説明する、というのは言葉の練習にも親子のコミュニケーションにもとても良いことだなと感じています。

お母さんだけでなく、お父さんもお迎えにいくところも気に入っています。

 

ご参考までに。

 

【今週のお題】職業「家内」になりました

10年。

今から10年後というと、2歳の息子はもう12歳になっているころ。かあちゃんかあちゃんと抱っこをせがんでくる息子に「くそばばあ」と罵られている頃だろうか。残念なような、楽しみなような、不思議なきもちになる。10年前の私には、今の自分は想像できなかったから。

 

仕事を辞めて、家族でアメリカに居を移してもうすぐ3か月。私の毎日のおしごとは、家族が毎日快適に過ごせるように家の中を整えることである。

まさに「家内」。

社会復帰の目途が立っていない日々というのは、なんとも穏やかで、連綿と毎日が過ぎてゆく。まあわんぱく盛りの息子は家の中でちっともじっとしていないので、実際に家の中にいる時間というのはあまりないけれども。

10年前に新卒で入社した会社に入ってからというもの、会社という組織を通して、どのくらい社会貢献できるているのかを考え続ける日々だった。会社というひとつの居場所で成果を出すこと、役に立つことが、自分の価値を決めることだと思い込んでいた。10年だ。よちよち歩きの赤ちゃんが、思春期に差し掛かるほどの時間。この長い10年間、私の職業は「会社員」だった。私は仕事が(概ね)ずっと好きだったし、特別な趣味特技のない自分をかたち作る大切な一要素だった。仕事をしていない自分を想像すること、キャリアを断絶させることは、恐怖でしかなかった。

だから、考えに考えて、家族と過ごすことを優先して仕事を辞めた当初、自分の価値ってなんだろうと空虚なきもちでいっぱいになったのだ。3か月たった今でも、もう職業「会社員」でない自分であることに驚き、「家内」であることに戸惑う。

毎日、何をしてもしなくても、だれにも迷惑をかけない生活。家族以外の誰も、私を待っていない生活。

 

人生の夏休みのようなこの日々が始まって3か月、10年で築き上げてきた価値観はなかなか変わらないもので、ふと空いた時間に空虚な思いになる。10年後、この選択を後悔する日は絶対に来ない、とは今はまだ言い切れない。

けれどこれからの10年で「あのときの選択は正しかった」と言えるように、毎日を過ごしていきたいなと思う。職業「家内」を全うしながら。

 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

【アメリカ生活】長い長いハロウィーン

ようやく終わった。

もうすっかり冷たくなった空気の中、日の暮れかけた住宅街はまだ賑やかだけれども、私は疲労感と充足感でいっぱいである。

 

いやはや、ようやく終わった、長い長いハロウィーンが。

クリスマスと違って、まだ日本でも一部の陽気な人々にしか祝われない(ですよね?)このイベント。まさにアメリカ!という感じで、移住早々からうきうきしていたのだ。

ところが、私は甘かった。10月中旬に親切なアメリカ人ママたちに「(10月31日にという意味で)ハロウィーンなにする?」と聞くと、やれやれというように首を振られた。

「なにを悠長なことを言ってるの?ハロウィーンはもう始まっているのよ?」

まだハロウィーンまで2週間もあるけど、そろそろコスチュームを決めようかな・・などとのんびり考えていた私。その衝撃たるや。

聞くところによると、ハロウィーンは10月31日当日に行うだけではないのだそう。(考えてみれば日本でもそうかもしれませんね)31日の夜に近所を練り歩くのは勿論のこと、それ以外にも子供向けハロウィーンイベントに積極的に参加するのがマストとのこと。

驚いたのはその数。イベントは10月中旬から始まり、場所もさまざま。プリスクール、教会、スポーツジム、動物園、水族館、はたまた友達の家でハロウィーンパーティと称して行われるイベントたち・・。ご丁寧に日付もすべて別々。小さな町なので、日程がかぶらないように調整されているのだと思う。

 

私は奮起した。遅れをとった分、以降のイベントはコンプリートする勢いで回らねばなるまい。10月の後半は、ほぼ毎日なんらかのイベントやらパーティやらに顔を出していた。毎日がハッピーハロウィーン

31日を迎えるころには、もう食傷気味というか、気持ちはすっかり「No more events, No more Halloween(イベントもハロウィンももうたくさん!)」である。

 

後日談。

私を焚きつけたアメリカ人ママさんたちは、私に言ったことはすっかり忘れて、各々せいぜい一つか二つのイベントに参加するくらいだったそうだ。あなたはとってもハロウィーンがすきなのね!といい笑顔で言われた。

アメリカ人もびっくりなくらいハロウィーンを満喫した私たち。ハロウィンはもうお腹いっぱいである。イベント疲れでこの記事をあげるのにも1週間かかってしまったほど。

でもきっと来年も空気が冷たくなった頃には、そんなことさっぱり忘れていそいそとかぼちゃのコスチュームを用意してしまうのだと思う。ハロウィーンはもう始まっているのよ!としたり顔で。

【絵本紹介】くまさんくまさん なにみてるの?(Brown Bear,Brown Bear,What Do You See?)

アメリカに持ち込んだ日本語の本や

アメリカで出会った現地本の紹介です。

www.ehonnavi.net

 

渡米前、アメリカで絵本といえば「はらぺこあおむし」だろうと思っていましたが、私が住んでいる地域(アメリカ中西部の田舎)の読み聞かせやタイムや幼児教室、プリスクールで最もよく登場するのはこの本です。2か月ほどの滞在で、すでに4回は目にしました。

私は英語版を購入しましたが、日本語訳も発売されています。原文で購入しても、同じ文章の繰り返し(「〇〇(動物の名前)、What do you see?」や「I see a ○○(動物の名前)」ばかりなので、英語が苦手な方も抵抗は少ないと思います。

おなじみエリックカールのビビットな色合いのイラストに、読み聞かせるのにリズムのとりやすい文章で、たのしく動物の名前と色を学ぶことができます。(これで色と動物を覚えてくれたので、しめしめと思っています)2歳の息子のお気に入りです。

 

ご参考までに。