くるまのドアを開けて外に出ると、すぐに後部座席の息子と目を合わせる。ニヤリ、と笑うと息子は「げっへぇー!」と手足をばたばたさせて喜ぶ。
そろりそろり(足の動きは息子にみえないのに、つい泥棒歩きをしてしまう)と運転席から後部座席に設置したチャイルドシートに近づき、窓越しにじっと見つめてやると、なにがそんなに楽しいのかぱちぱちと手を叩いて喜ぶ。その後「ばああああああーっ!」と言いながら勢いよく後部座席のドアを開けると、息子の興奮はピークに達し「あきゃきゃきゃきゃーっ!」と歓喜の声をあげる。ここまででワンセットだ。
後部座席の窓ガラスは、ほんのり黒いプライバシーガラスになっているので、息子の姿は見えづらい。息子からも見えやすいわけではなかろうが、それが非日常となって面白いのか、何度やっても嬉しそうにけたたましい笑い声をあげる。その笑い声があまりに幸福そうなので、毎日毎日、保育園の送迎の度にやってしまうのだった。
毎日毎日、息子は飽きもせず嬉しそうに笑ってくれる。いつもは「えっへぇー」と笑うのに、このときは決まって「げへへっ」と豪快に笑うのがおかしくて、毎日毎日、私まで笑ってしまう。
その日は保育園の帰り、一緒にスーパーに寄り道をした。息子の朝食用のヨーグルトを切らしてしまったからだった。駐車場にくるまをとめて外に出ると、ぱちっ!と後部座席の息子と目があう。
ああ、期待されている。
これはもう、ものすごく期待されている。
ここまで熱心に見つめられたら、期待にこたえないわけにはいかない。
やりましたとも。夕暮れ時のスーパーの駐車場で、30代の女性がひとり泥棒歩きからの「ばああああああーっ!」をやりました。何が恥ずかしいって、息子をチャイルドシートから降ろすまで、ひとりで面白動作をやってるおばちゃんにしか見えないことである。
隣に駐車していたおばあちゃんから「まあまあ面白いおかあさんねえ」と言われましたが、勲章だと思うことにしますよ、母ちゃんは。
こういうことは、恥ずかしがる方が恥ずかしいのだ。
息子の「げへへ」に勝るものなどないのだから。